入り口にある四方輿は、住職が御所に行く時に乗るためで、300年前のもの、今でも使う。四方に御簾があるので四方輿。昔は4人で担いでいたが、現在は12人で担ぐ。
狩野永納の障壁画が160枚ある。孔雀はなんでも食べる、サソリ、ムカデ、毒蛇。そこから毒を食べる役目になった。
長押の上にある絵巻物は複製で、行列、聖護院の歴史。後白河上皇が熊野詣に行きたい、お供をした。「聖体護持」から聖護院の名前がついた。皇室の案内役。住職は大峰山で修行をする。最大の時は2万人の行列、和宮の行列は10万人。毎年、大峰山に修行に行く。「京一日(きょういちじつ)の花」。寝押し道具付きの箱。法衣を入れる。「御撫物(おなでもの)」天皇の衣。
狩野永納の屏風。「林和靖(りんなせい)」、鶴は娘、梅は奥方。桃太郎の最初の絵、桃が川で選択をしているおばあさんの所に流れてきた絵を見たら、桃太郎だと分かる、ことと同じ方程式。柳と菊は、陶淵明(とうえんめい)。太公望は釣をする人。呂尚(りしょう)と周の文王が書かれている。今度の獲物は人、国作りのパートナーとして認めたという図。三顧の礼(さんこのれい)。呂尚は、周の国にやってきた。太公に望まれた人、という意味で太公望
ほら貝。
一般的に書院というが、聖護院では宸殿(しんでん)と言う。明治まで広間、多目的ホール。門跡は天皇になる資格を持つ人が入る寺。ちょっと戻った大きな枝が幹に変わる。最後が光格天皇。聖護院から出た。皇室の伝統行事を知っておく必要がある。
神仏分離、修験道廃止、廃仏毀釈で、明治5年から昭和21年まで、三井寺の末寺として息をつないだ。24500の寺が潰れた。愛宕山若王寺という寺は神社になった。不動明王は元は別の寺の仏さんだった。焼かれたり、売られたり、捨てられたりした。
不動の刀とは何か、心の中の善悪を切り分ける、見分けるためには、正しい知恵が必要。正しい知恵、両刃の刃。正しい生き方はは、楽とは違う。だから、不動の顔になる。子どもは未知の世界のことで注意をされる。不動の顔は応援歌。髪が束ねてあるのは、どこで生まれようが、どんな信仰があろうが、束ねたら一緒やないか。仏様は全て守る。不動はお腹が出てるのは、子どもの姿。すやすや寝てる姿が南無の気持ち。生まれた時は、南無の気持ちで生まれてくる。赤ん坊の時は苦しみは無かった。大人になると多くのこだわりを持つ。こだわりが苦しみを持つ。光背の炎の中に鳥がいる。1,3,5,7,9,11、火の鳥、カルラがいる。酉年の守り本尊。
生駒山、鬼取、山賊が居る。役行者、山伏の開祖、権現は、誰かの代わりに生まれた神様。権現、代わりに現れる。釈迦、千手、弥勒、過去、現在、未来、蔵王権現。
狩野益信、襖絵、上段の間、上下の区別をはっきりさせている間、滝の流れが下の間まで続いている。天明8年の天明の大火で、御所が焼けて、聖護院が天明8ー10まで使われた。「研潭」自分を磨きなさいよ。どんなに可愛い子供でも、親は子ども心を耕してはやれない。自分自身で磨く。
欄間の端に穴が開いているのは、ネズミの通る穴。どうやったら一緒に暮らせるか、その工夫。
畳の敷き方で進む場所が分かる。耳の書かれた襖絵の鳥はこじゅけい。求愛活動中
聖護院の書院は、もともと御所にあったものを350年前、320年前
後水尾天皇と藤原隆子(たかこ)の息子が住職だった。鉛ガラス、右側、350年前のガラスで輸入物だった。面皮の長押。床の間が2つある。上下座がない。あなたと私は一緒。上下がない。内側の釘隠し、笹竜胆、外側の釘隠し、折れ文は恋文、ラブレター、
2500年前、霊鷲山、釈迦の説法、素晴らしいのインドの合図は、タンジュ、ゆびぱっちん
本堂、御本尊、やさしく、ついてらっしゃい。護摩堂、油、ヨーグルト(蘇の代わり)、砂糖、ごま→しまうま、日の中に入れたら、煙に変わって天に届く。ほうま→ごま、弘法大師が漢字を充てた